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第2回スキナベーブ赤ちゃんエッセイコンテスト

赤ちゃんが教えてくれた喜び

佳作 一般部門
「また、会えたね」 埼玉県 会社員 47歳 津田 章子
慧太の目が、私を追っている。
 忙しいんだから、遊べないの、と呟きながら、視線を合わせてあやすと、ニコニコと笑う。
 一重の大きなくりっとした目を、一層くりくりさせて、慧太が私を見つめる時、私の胸は懐かしさで一杯になる。
「また、会えたね。」
 慧太には、もちろん、何もわからない。私に話掛けられたのが、ただ嬉しくて、手足をばたばたさせて、又笑う。
「そんなにばたばたしてると、そのうち空を飛んじゃうかもよ!」
 そう言って私が笑う。
 私が笑うから、慧太も益々楽しそうに笑う。
 慧太の目、優しい目、いたずらっぽい目。なんて、懐かしく、愛おしい目。
 
 似たような感覚を、昔に、憶えたことを思い出す。
 涙も涸れて、自分が息をしているのかも気付かなくなった、あの頃。眠りについた娘達の足に、ふと目をやった時の事。
 幼なさの残る4本の足だった。
 娘達の足は、とてつもなく似ていた。まるで、同じ人間の足が、若干倍率を変えて、そこに並んでいるようだった。そして、その膝・ふくらはぎ、足首から足の指まで、その足の形は、夫の足にそっくりだった。
 懐かしさに、胸が震えた。無意識に私は娘達の足を撫でていた。
 彼は、この世にはいない。もう二度とその姿を見る事はない。触れたくても触れる事はできない。しかし、彼は、ここに居る。娘達の中に居る。
 私は、目をつぶった。
 それから、私は、泣くのを止めた。
 ゆっくり立ち上がり、これまでの長い長い道を歩き始めたのだ。

 慧太の目が、私の夫の目と同じ目をしていると分かったのは、ほんの2週間程前の事。
「ねぇ、慧太の目って、ひょっとしたら、パパの目じゃない?」
 慧太のおむつを替えながら、突然そう叫んだのは、慧太の母である私の娘だった。
 生まれたての赤ん坊の目は、腫れぼったくもあり、大体、余り目を開けていることがない。目を開けている時間が多くなり、焦点が定まって来て、人を見るようになり、ようやっとその目の形状がはっきりとしてくる。そんな矢先の事だった。
 娘の言葉に、その時、私も確信をした。
 そう、慧太の目は、彼の目。紛れもなく彼の目。

 夫の死は突然やってきた。
8月3日、とても暑い日だったのを覚えている。私の職場に一本の電話が入った。
彼の事故を知らせる警察からの電話だった。
 何かの間違いだろうと思った。どうしても、信じることが出来なかった。
 受話器から流れてくる声が、遠くなっていった。
 駆けつける車の中で、私は叫んでいた。
「待って、待って!」
 きっと、私を置いて、時間が過ぎて行ったのだ。事故の起こる前に、時間を戻して。私をちゃんと連れて行って。私は彼を救い出しに行く……。
 
 高速道路での交通事故で、一瞬にして彼は命を落とした。
 体も手も足もきれいなままだった。かすり傷一つなかった。ただ、頭と顔が殆どなかった。
 私が彼の元に辿り着いた時には、既に頭と顔にぐるぐると真っ白な包帯が幾重にも幾重にも巻かれていた。ミイラのようだった。
「見ない方がいいと思うんですけど、どうしてもご覧になりたかったら取りますけど」
 彼に会いたかった。大好きなあの目に、もう一度会いたかった。
 悲しい事があって、暗い顔をしていた私の前で、おどけて踊ってくれた、あの時の目。彼の踊りが余りにも可笑しいので、私は泣きながら、思わず吹き出してしまったっけ。
 飛行機の到着時間も知らせていないのに、突然空港に迎えに来て「やっほー!」と手を振っていた、あの時の目。びっくりしたよ、しかも、大の大人が、クマの帽子を被って立っているんだから。恥ずかしくてきょろきょろと周りを見回してしまった。
 私の30歳の誕生日に、30個ものケーキを買ってきて「蝋燭が売り切れてたもんだから」と言ったあの時の目、土曜の丑の日にウナギ屋さんの上着まで借りて、20匹の蒲焼きを我が家に配達した時のあの目…。
 ひょっとして、包帯を取ったら、「ばぁか! 冗談だよ!」ってあのいたずらっぱい目で、起きあがってくれるかもしれないと思った。
「包帯を取りましょうか?」
 私は首を振った。
 怖かった。
 あの目に、会えないことを確認するのが怖かった。
 包帯の下には、彼の変わらないあの目がずっと優しく笑っていると思いたかった。

 あれから、辛い時、悲しい時、私は何時も彼を思い出した。
 大きな体、娘達と同じ形の真っ直ぐな足、長い手の指、そして、彼のあのいたずらっぽい優しい目。
 しかし、すぐにその顔は、真っ白な包帯のぐるぐる巻かれたあの時の顔にすり替えられてしまう。
 やめて、彼の目が見えない! 彼の顔を、目を見せて!
 手が届きそうな所にあるのに、どうしても届かない、そんなもどかしさの中で、私はどれだけ溜息をついたろう。諦めたのに諦めたのに、諦め切れない思いの溜息だった。
 慧太が又、笑っている。
「何がそんなに楽しいの? 何か、企んでるの?」
 慧太の中の彼が笑う。
 私は心の中で、そっと夫と会話をする。
「俺は何処にも行ってないって。」
「ほんと、そうねぇ、でも、又会えるまで随分待っちゃったよ。」
「又、泣くんだろう、変わってないなぁ、泣き虫は。」
「お陰さんで! あなたのせいで、余計泣き虫になりました!」
 涙で慧太が見えなくなる。

 静かに慧太を見ている時、時の流れを感じる。人間の営みを考える。人の生きている意味を思う。
 夫の一生は短かった。
 けれど、娘達の中に、孫達の中に、連綿として彼は生き続けて行く。慧太の子供達にも、又、その子供達にも。そして、私は生きている限り、彼と共に有り続けることが出来る。
 こうして、慧太の目がそれを教えてくれている。
 ありがとう、慧太、産まれて来てくれて。
 ありがとう、パパ、会いに来てくれて。
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