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入選 |
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輝くような声で
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神奈川県 会社員 31歳 |
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「痛い痛い痛い痛い!」 脂汗を浮かべて身悶える佑美の腰に、僕は暖めた湯たんぽを当て、その下に重ねた右手に力を込めた。 時計の針は21時を回っている。 知らせを受けて慌てて病院にやってきたのは午前中だった。その時まだ10分間隔で、たいして痛そうでもなかった陣痛は、いまや2分に一度津波のように押し寄せ、たっぷり1分半は佑美を苦しめている。 「腰さすって。強く押さえてくれると、少し楽だから」 昼間そう聞いて以来添え続けてきた手に、今はもうありったけの力を込めている。陣痛が佑美を襲う度に、足を踏ん張り、体を屈め、全身の力を乗せて僕は腕を突き出すのだった。とにかく渾身の力で押さえる、暖める、声をかける。痛みを紛らわせるのに効果がありそうなのはそれくらいしかなかったから、ただただそれだけを繰り返した。日頃怠けさせていた腕の筋肉は急な酷使で悲鳴を上げ、引き攣りそうだったが、次第にその感覚もなくなった。普段の自分からは想像もできないような忍耐力で腰をさすり続けた。 なんで根を上げなかったのか、自分でもわからなかった。 とにかくそうせずにはいられない気持ちだったんだ。
「痛いだろうね。でも赤ちゃんはその痛みの分だけ前に進んでるよ。」 励まし続け、陣痛の谷間には湯たんぽを暖め直すために給湯室に走った。 自分はこんなに誰かに尽くす人間だっただろうか? 当たり前のように、ひたすら痛みと闘う佑美の世話を続けた。
途中何度か助産師さんが来て、経過を見てくれた。 「すごく順調ですよ、今晩中にお生まれになるかも」 それを聞くと佑美は「本当ですか?よかったぁ」と弱々しい声で熱い息を吐き顔をほころばせようとしたが、その笑みはすぐに苦悶の表情にかき消される。 笑顔にならない笑顔。そこに垣間見える母の強さに、僕は自分との距離を感じてしまう。 佑美も赤ちゃんも、互いに会いたい一心で想像を絶する痛みと闘っている。 それに比べて、僕はただここにいるだけ。 何のリスクも負わない自分は、なんだかとても中途半端な存在みたいでもどかしい。 もっとやれることがあれば、いくらでもやるのに。
23時。 「頭が見えてきています。分娩室に移動しましょう」 助産師さんの言葉で、僕たちはいよいよの時が近いことを知った。
分娩室は遠かった。 たった15m、それが産婦の足にはとても遠いのだ。 佑美は僕の腕にすがり、一歩一歩命を搾り出すようにして歩を進める。 「くぅぅぅっ」 巨大な痛みに襲われると、僕の二の腕には佑美の爪が容赦なく食い込んだ。 皮膚に突き立つ、脳髄に響く鋭い痛み。 だけどそれは不思議と心地良かった。 …ああそうか、僕は二人が羨ましかったんだ。痛みを越えて互いに認め合う二人の絆が。 苦悶の中に時折浮かぶ佑美の瞳の奥の輝き、未知の世界へ進もうという赤ちゃんの意志、どちらも強く気高いものに見えた。 僕もこの輪に入りたかった。夫として、父として、二人に必要とされたかったんだ。 だから今日の僕はがんばれるのか。 痛みという対価を支払うことで、初めて妻と子に気持ちが重なった気がした。 佑美を支える腕に浮かぶ爪痕が赤い。 なんだろう、少しだけ誇らしい気持ち。
「もうあと少しだよ、がんばろう!」 わかってる。そんなこと言わなくても二人はがんばっている。 だけど僕が支えれば、二人はもっと楽になるかもしれない。 そう思えば僕も不思議な力が湧いてくるんだ。
赤ちゃん、これからはいつも傍にいる。 僕もいつだって君を助けようと思っているよ。 だから心配は要らない。安心して前に進んで!
23時52分。 佑美の汗を拭い、固く手を握って声をかけ続ける僕のもとに、我が子の第一声が届いた。 とたんに佑美の顔がくしゃくしゃになる。 喉の奥をなにかが突き上げてきて、視界が急速にぼやけていった。 赤ちゃんは高らかに泣いていた。僕たちを照らす、光り輝くような声で。
Hello World. 光溢れる世界へようこそ。 これからは三人家族だ。
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