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第5回スキナベーブ赤ちゃんエッセイコンテスト


準優秀賞 看護師助産師部門
青空出産 北海道 助産師 56歳 藤井美代子
 「外の景色を見ながら産みたい」と,娘は言った。
 娘は自宅分娩を希望しており、助産師の私をそれを支持していた。
我が家は十勝連峰を望む丘に位置し,周囲はぶどう畑と豊かな緑に恵まれていた。夜は満天の星が仰げる。隣家は離れているし、テラスでお産したいという希望は実現可能である。なんとか夢を叶えてあげたい。
 予定日は8月だから、テラスに防虫ネットを張ろうか・・・風雨に備えてビニールの方がいいか・・・血の臭いで狐が寄ってきたらどうしよう、赤ちゃんに食いつかれたら一大事! 息子が透明資材でサンルームを作る方法を提案しパンフレットを取り寄せたが、分娩費用より高い!
 とりあえず、どの部屋の窓も開放して見晴らしを良くし、あとは時間と天気しだい、なりゆきでお産場所を決めよう、産みたいところへ布団を敷くという結果に落ち着いた。
 とは言うもの もし分娩中に異常があって救急車を要請した場合、テラスで助けを求めたら救急隊員は腰を抜かすだろうな・・・。

 その日がやってきた。
 朝、和室に寝ていたので、外が見えるように布団の向きを変えようと言うと「もうどうでもいい 景色を見る余裕はない」と、目を瞑る。微弱陣痛のため途中で立ったり座ったりする。その度に少しでも外が見えるように窓を外し、障子を移動し、家具をずらしていった。
 昼、刺激を与えるため散歩をすすめる。テラスに吊るしておいた干椎茸や洗濯物を取り込み通路を確保する。 娘は素肌に布1枚はおり大きく息を吸い込み「赤ちゃ〜ん 早く出ておいで〜」とお腹をさする。草のかおり、鳥のさえずり、葉っぱのざわめき、雲間にみえる富良野岳、どれもが娘を応援しているようだった。雑談に笑い、陣痛がくると渋面でしゃがみこみ、何度も往来するうち小雨が落ちてきた。
 夜、陣痛を洗い流すように雨は強くなり、つづく雷鳴と稲妻で窓という窓が銀色に輝いた。 ここにいる人間が光りのカプセルに閉じ込められたような感覚だ。 娘は居間でまどろんでいる。みな好き勝手に雑魚寝し、そのまま2日目の朝を向えた。
 
 霧の海だった。窓には白い世界しか映らない。
 食欲を失った娘が西瓜が食べたいというので、近くの農家へ買い出しに行く。妊娠中から大好きだったので、少し食べて元気がでたようだ。
 いよいよ赤ちゃんを迎える時がきた。場所は和室。
生まれたらすぐ胸に抱きたいという希望もあったので、ひと声泣いた赤ちゃんをお腹の上におく。 すかさず娘の手が伸び、言葉にならない声をあげて受けとめる。乳房のあいだに引き上げられた赤ちゃんは静かに抱かれている。桜色の小さな命と母親がはじめて対面した瞬間だった。
 お臍の処置をしているとき、遠くで正午を知らせるサイレンが鳴った・・・長かった・・・ようやく終る・・・。
 赤ちゃんは臍帯を切られ母体から離れた。
 娘にもう景色は不要だ、五感すべてが赤ちゃんに注がれている。
 いつのまにか雨はあがり、青空が広がっていた。
 あとで娘に聞くと 「朦朧としていた意識が、あのサイレンで現実にもどった」と言う。 私・娘・赤ちゃんにとってお産の原風景は、どうやら「サイレン」になりそうだ。
 
 ところで、妊娠中は胎児の性別を聞かなかったが、超音波診断のとき、おチンチンらしきものが見えたという。 お産に立ち会った全員が、赤ちゃんの股間を確認することなく男の子と信じていた。一段落したころ 誰かが「この子チンチンついてないよ」 一同「エ〜ッ!!」
 この逆転劇に、弟が欲しかった8歳のお兄ちゃんはちょっとがっかり。 しかし、母親の分娩経過をずっと見守ってきただけに あふれるほどの優しさに変っていった。そして将来の妹を想い、心から語りかけた。 
「赤ちゃんも、赤ちゃんを産むんだね・・・」と。       







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