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入選 |
一般部門 |
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当たり前のこと
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千葉県 主婦 23歳 坂本朝美 |
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2005年11月13日、体重1324g、身長48cm、小さな小さな娘が、その日産声を上げた。 2005年5月に、妊娠がわかってから、喜んだのもつかの間、悪阻がひどく、何も出来ない状態の私。日々吐いている生活に、私も主人も疲れ、時にはあまりの辛さに、「もういらない」と思うこともあった。 悪阻がない友人からは、「悪阻があるから、赤ちゃんが生きてるってわかっていいじゃない」と言われたけど、悪阻で苦しんでいる私には、そんなことを思う余裕なんてなかった。 それでも、月日が流れるうちに、少しずつ起きて家事が出来る日が戻ってきた。 主人も私も、赤ちゃんが生まれる喜びを感じることが、胎動が激しくなるにつれて大きくなってきた。 8ヶ月に入ったある日、朝起きてトイレに行くと、少しピンク色の血が出ていたので、主人を見送ったあと、また安静にしていようと思い再び寝た。しかし、2時間ほどたって、違和感から目が覚めると、パジャマにまで染み出るほどの大量出血。 パジャマを脱ぎ、パンツを脱いで急いでナプキンをあてる。その間に、足を伝って床にまで血が流れていた。 まるでドラマでも見ているようだ、なんて動揺しつつもどこか現実味のない感じで見ていた。 そして、いつもの産院に電話すると、とにかく来てくださいというので、産院へ向かった。 産院で内診を受けると、すでに赤ちゃんを包む膜が見えていると言われ、大きな病院に救急車で運ばれ、即日入院となった。 先生の話によると、感染か頸官無力症の疑いがあり、生まれるまでは入院になるでしょうとのこと。 不安から号泣したり、連日散歩したりして無理をしすぎてしまったのだと自分を責めたりした。 主人も会社に行く以外はほぼ付きっ切りで病院にいてくれた。 入院から5日目の朝、薄くなっていたはずの血が、また濃くなり、その夕方、いつもと違う腹痛が襲った。 先生から「陣痛ですね」といわれた。 夜中には、生まれるでしょうと言われ陣痛室に移り、動けるうちに、ということで分娩室に移った。 最初の陣痛から12時間後の翌朝、小さな娘が生まれた。 予定日よりも2ヶ月も早く生まれてしまった娘は、私や主人が想像していたよりもとても元気だった。 生まれてすぐに呼吸をし、産声を上げたのだ。 私や主人、他の家族はみんな、もっと人形のように、死んだように動かない小さな赤ちゃんを想像していた。 それだけに、私も主人も感動は大きかった。 また、先生が娘をきれいにし、隣に連れてきてくれて、手を握らせてくれた。 主人が私に「ありがとう」といってくれた。 疲れて返事も出来ず、眠くなってくると同時に、小さくとも元気に生まれてくれた娘と、ずっと隣で支えてくれた主人に感謝の気持ちが沸き起こってきた。 あの時の気持ちは、なんとも言葉では言い表せない。 妊娠すれば、10ヶ月普通に妊婦として過ごして、当たり前のように普通の赤ちゃんが生まれてくると、無意識に思っていた。 でも、今回の妊娠出産で娘が教えてくれたのは、悪阻はもちろんだけど、早産してしまうこともあると言うこと、小さく生まれても元気であること、たくさんたくさん、これまでの「あたりまえ」を覆してくれた。 娘には、本当に感謝している。 たくさんのありがとうを、いつか大きくなったときに伝えられたらいいなと思った。
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