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第6回スキナベーブ赤ちゃんエッセイコンテスト


準優秀賞 一般部門
天使ちゃんの世代孝行 東京都 主婦 28歳 志村紀子
 ちょうど1年前の夏。
 雨のよく降る夜7時頃の電話だった。
「もしもし、母さんだけど。今からお父さんと車で佐渡に出発することになったのよ。いつ戻るかは、まだわからないけど家を留守にするわよ。今日のうちに新潟まで行って、明日の朝一番の船で島に渡るからね。心配ないわよ。あなたも身体に気をつけなさいね。」
 
 佐渡ヶ島に独りで暮らす祖母が、救急車で運ばれて入院したというのだ。自宅でひとり倒れていたところを、近所の住民が気づいてくれた、ということだった。妊婦の私にはあまり心配かけないようにと、どうも両親でもめた後の電話のようであった。元気とはいえ、87歳にもなる祖母が島にひとりで暮らすことは、やはり誰もが心配する。大雨の中、両親は東京から車で足早に佐渡ヶ島へと向かっていった。
 
 秋に産まれる予定のひ孫を何より楽しみにしていた祖母。幸い命に別状はなく、体調が回復するまで2〜3ヶ月入院することになり、両親もいったん東京に帰宅した。しかし、今後の生活についての課題は残っていた。

 つかの間の出来事である。
「もしもし?母さんだけど。つわりは大丈夫?赤ちゃんの分までちゃんと食べなくちゃだめよ。ところで、あのね・・・母さんね、ガンだったのよ。嘘みたいな話よね。10月に手術することになったけど、ただ腫瘍を取るだけだからね。大丈夫よ!心配ないからね!」
 妊婦の私に心配掛けまいと、不安な気持ちを抑えた、明るい口調での電話であった。

 医師からは“もしも”のことや今後のこと、あらゆることを伝えられ・・・ 本人も家族も、ただひたすら祈ることしか出来ない状態であった。母が集中治療室に入る前、臨月を迎えていた私は、母に大きなお腹をさすってもらいながら言った。
「腫瘍を取るだけだから!お腹の赤ちゃんも待っているし頑張って!!」
いつの間にか、以前の電話の時とは立場が逆転していた。
 
 手術が終わるのを待つ時間は、とてもとても長く感じられた。

 ありがとう!ありがとう! 感謝の気持ちでいっぱいになった。
手術自体は成功し、経過を見て生活を送れることになったのだ。成功したとはいえ、医師を疑いたくなるほど痛みは辛そうであった。しかし、大きなお腹をさすりながら「動いたわ!」と喜ぶ母の笑顔。生きる力はお腹の中にいる赤ちゃんによるものであった。
「毎日、お見舞いありがとう。心配掛けてごめんね。おばあちゃん、母さんの次はあなたね!元気な赤ちゃんを産むのよ!」

 そんな私も、母の手術から2週間後、無事に元気な男の子を出産した。毎日、みんなに元気と希望をくれている、かけがえのない我が子。
寝ていても、泣いても、笑っても、怒っても、無条件にかわいい。
いたずらっ子でもいい。わんぱく坊主でもいい。元気でいてくれるのが何より、その名も“康太”と命名することにした。

 半年前からの出来事が、まるで嘘のようだ。
祖母は、おばあちゃんから“おおばぁば”になり、東京の施設に入所することになった。母は、お母さんから“ばぁば”になり、以前と変わりない日常生活を送れるようになった。そして、私は娘から“新米ママ”になり・・・毎日、実家の近くで幸せをかみしめながら過ごしている。
怖かったあの父まで、“じぃじだよ〜”とめろめろだ。
もちろん!パパ・ママは、親ばかになる寸前!?
 それぞれに新しい名前をもらって、何だかちょっと照れながら、にぎやかに過ごす毎日だ。

 生まれてきてくれて、本当ににありがとう。
 すくすく、おおきくなるんだよ。
    みんなに幸せを運んできてくれた“天使のあかちゃん”
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