 |
 |
佳作 |
一般部門 |
 |
もうサイコウ!
|
和歌山県 主婦 32歳 伊積 利恵 |
 |
最近、長男坊は、こう言って母を喜ばせてくれる。 「おかあちゃんのごはん、おいしー!」 「おかあちゃん大きなったら、ごはん屋さんになったらええのに」 「絶対なってな? ごはん屋さん」
あはは。 嬉しいなあ。 そんなん言ってもらえたら、作り甲斐あるよ。 お兄ちゃんが「おいしー!」と言えば、 間髪を容れず、舌足らずな「おいちー!」が、後に続く。 その声の主は、下の1歳半の長女。 「おいしー」と「おいちー」。 食べている間中、何度もそう言って、にーっと笑顔がこぼれる。 自分たちが、どれほど母を喜ばせているかなんて、ふたりは知らない。
長男坊は、今年5歳になる。 彼が食物アレルギーだと知ったのは、生後5ヶ月の頃。 乳児湿疹がひどく、初めての子育てで、私は随分と悩んだ。 母乳は彼が溺れる程出てくれたので、ミルクは飲ませたことがなかった。 生後3ヶ月で乳歯が生え、カミカミ攻撃が始まる。 乳首がボロボロになる。 搾乳しても、血膿が飛び出す有様。 産院を受診したが、「我慢のみ」と、お薬さえ出してもらえなかった。 泣きながら激痛に耐え、お乳を飲ませる日々。 …でも、もうほんま限界。 とうとうある晩、ミルクを足した。分量、100ml。 今晩だけでも…、そう思った。 彼は、初めてのミルクをおいしそうに、ごくごくと飲んだ。 ああ、お腹すいてたんやね。ごめんね。 満腹、満足そうに眠りに落ちていく彼の顔をしばらく眺めていた。 と、見る見るうちに、彼の全身が真っ赤になった。 すごく痒がりだした。 「あかん! お父さーん、ミルクアレルギーや!」 時刻は、21時をまわった頃。 手当たり次第、病院に電話を掛けまくる。 何件目かの病院で、ようやく「来てください」と言ってもらえた。 彼は泣きもせず、じっと私に抱かれたまま。 その晩は、お薬を頂いて無事に帰宅することができた。 翌日の検査で、幾つかアレルギーが判明。 大まかに、たまご、牛乳、粉ミルクがだめだと言われる。 母親の私も、母乳のために除去食を指示された。 それから1ヶ月もすると、これまで深い悩みの種だった彼の湿疹が、嘘のように消えた。 まるで、ゆでたまごのようなつるっつるの顔。赤ちゃんの肌! ずっと使っていた軟膏が、要らなくなった。 「きれいになったなあ」 肌のトラブルもアレルギーが原因だったと分かり、対処しやすくなった。
よし! おかあちゃん、がんばろ! アレルギーなんかに負けるもんか! おいしいごはん(離乳食)、じゃんじゃん作るぞー! そう心に決めた。 元々、料理は得意ではないが、大好きだった。 使えない食材が意外に多く感じたりもしたけど、 試行錯誤しながら、毎日、毎食、彼においしいごはんを作った。 彼は、それらを本当においしそうに平らげた。 我が家では、食べさせすぎ? が、かなり心配だった。 それくらい本当に、よく食べてくれた。 素材に気を配り、自然の風味を大切にした離乳食。 野菜のスープは、時間さえ掛ければ、それだけですごく贅沢な味になった。 子供のためにとがんばってきたつもりが、 実は大いに自分のためになっていたことも多かったと思う。
生後8ヶ月の頃の彼が、身振り手振りで必死に「おかわり」と催促してくれた時の喜びは、言葉にはできない。 あんまり嬉しくて、涙が出た。
母親の私が食べることが大好きで、子供にもその喜びを教えたいと思ってきた。
食に興味を持ってもらいたかった。好きになってほしかった。 そんな母の思いが届いたのか、どうか…。 子供たちは、「おいしー」と「おいちー」と、笑顔をくれる。 もうサイコウ! 母親ってしあわせもんやなあ、とほんまに思う。
台所でごはんを作っていると、ふたりが私の足元に寄ってくる。 娘はぎこちなく人差し指を1本、私に見せて、 この時ばかりは流暢な日本語で、「もういっかい!」と言う。 さっきもあげたでしょ? 数秒、にらみ合う。 にーっと、娘が笑う。 にーっと、隣でお兄ちゃんも笑う。
ああ、この笑顔たちに、母は勝てそうにない。
|
|
|

サイトマップ |
個人情報の取扱について | このサイトに関して | お問合せ | 会社概要
フリーダイヤル:0120-01-5050(9:00〜17:40 土・日・祝日を除く) 本ホームページは、Macromedia
Flashを使用しております。ホームページが正しく表示されない方は、こちらをご覧下さい。
Copyright (C) 2008 MOCHIDA HEALTHCARE CO., LTD. Tokyo Japan. All Rights Reserved. |