まさかの坂|赤ちゃんの沐浴はスキナベーブ

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持田ヘルスケア株式会社

エッセイコンテスト

スキナベーブ 赤ちゃんエッセイコンテスト

【第10回】~ 赤ちゃんとの記念日 ~

大賞

・まさかの坂

102票
金子元美
京都府  専門職  46歳

「あなた、妊娠してますね」
体調不良が続き、てっきり更年期障害と思っての受診で先生にこう言われたとき
天と地がひっくり返るほどびっくりした。
このとき42歳。
高齢出産が増えているなか、年齢的にはさほど驚くこともないが
このとき長男22歳、次男20歳。
そして、再婚して6年になる夫がいた。
しかもお腹の子は、すでに5カ月。
人生には3つの坂があるらしく、のぼり坂と下り坂、そして最後のひとつは「まさか!」の坂。
下り坂と上り坂を経験した私に、この「まさか」の坂がやってきた。
自分の呑気さにほとほと呆れるのと同時に、どうしようという気持ちでいっぱいになった。
家庭内では特に問題もなく、再婚にしてはうまくいっていた方だと思う。
時折、お互いが遠慮しがちな空気は漂うものの、必要以上に干渉しあわない大人同士の気楽な共同生活を送っていた。
夕飯作りや帰宅時間を気にすることなく、仕事にもバリバリと励んでいた頃で、そんななかでの妊娠。
私が一番怖れたのは、今の家族関係が崩れないかという心配だった。
息子たちは成人しているとはいえ、経済的にも精神的にも自立しきれていない状態で、まだ私の保護が必要とされるだろう。
そして何より、再婚した夫の子供を産むことによって、疎外感を味あわせてしまうことは絶対にしたくなかった。
いっそ、産むのをやめてしまおうか・・・
一生、自分の子供は持たないと宣言していた夫、息子の子供と言ってもおかしくない私のお腹にいる子の現実、今の仕事は、今後の家族関係はと、マイナス要因ばかりがぐるぐると頭のなかを駆け巡り、とても産む気になれず、気がつけば病院へ電話をして入院の予約を入れてしまっていた。
そして入院前夜、少しの間留守になるため息子たちに話さなければならない。
口ごもりまごまごしている私を見て「もしかして子供ができたん?」と、直感的に悟って、すぐに当てられてしまった。
「うん」でもなく「ううん」でもないどっちつかずの私の態度を見て、
「うれしいーっ!! 絶対に産んでや!」と、満面の笑みで即答されてしまった。
「弟か妹ができるのがそんなに嬉しいの? 自分の子でもおかしくないくらい年が離れているんやで」と聞くと
「うれしいに決まってるやん。他に何を考えることがあるねん」と逆に聞かれてしまった。
成人した男の子のゆえ、普段は口数もそう多くなく、大人びた態度を見せているのに、このときの満面の笑顔。
昔、子供の頃によく見せてくれた笑顔そのもので、昔の遠い記憶が鮮明によみがえって、息子たちの顔と、まだ見ぬお腹の子の笑顔がだぶって見えた。
「そうやんな。そうしたげなあかんやんな。」
私の胸のなかでずっとモヤモヤしていた心の曇りが、このときにパアーッと晴れて眩しい光が差し込んで強い決意に変わった。
この後すぐ病院へキャンセルの電話を入れて、両方の両親に報告すると予想外にも大喜びしてもらえて何度も「おめでとう」と言ってもらえた。
「ああ、この子は産まれるべくして産まれてくるんだ」と強く確信したのと同時に、私はまだ母親になりきれていないから、神さまがもう一度、育児のチャンスを下さったんだとも思った。
そして2006年4月19日 午前1時23分、女の子が誕生。
20年ぶりの出産とあって先生も前例がないらしく、万が一に備えて万全の態勢をとってくださった。
予定日は過ぎたものの、破水してからはウソのように陣痛が進み、先生や看護婦さんたちをあたふたさせたほど早くでてきてくれて超安産なお産となりました。
このちいさい体からは、毎日家族の心をひとつにしてくれるパワーが放たれているようで、夫婦、親子愛、果ては人間愛に至るまで教えてもらう日々。
私にとってのまさかの坂は、上り坂よりももっと上の、開かれた道が用意されていたような気がします。
私をお母さんに選んでくれて、ありがとう。

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