ありがとうね、ありがとうね|赤ちゃんの沐浴はスキナベーブ

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持田ヘルスケア株式会社

エッセイコンテスト

スキナベーブ 赤ちゃんエッセイコンテスト

【第11回】~ 赤ちゃんがくれるチカラ ~

特別賞

・ありがとうね、ありがとうね

田中 こず恵
静岡県  主婦  31歳

初めての妊娠発覚から間もなくして、母親のがんが見つかった。家族の誰もが信じることができない現実だった。そして、誰より母親本人がこの現実が受け止められないまま、入院が決まった。妊娠4か月目のことだった。
母の入院が決まると、私はなるべく多くの時間、母の顔を見に行くようにした。結婚前は、仕事ばかりで母とろくに口もきかなかった。結婚してからは、1か月に1度実家に帰るくらいで、母とゆっくり話をしたのは、いつぶりだったのだろうか。
「今日も元気?大変な時なのに、ごめんね。」
いつも行くと、母が私のお腹を見て、口癖のように言った。まだまだ目立たないお腹を嬉しそうに、そして申し訳なさそうに見ている母を見る度、この現実から目を背けたくなった。母に私の子供を見せることはできるのだろうか、そんな不安も私を襲った。母の命、そして、お腹の中にある命、誕生してくる命と失われるかもしれない命。両方の命を家族みんなで喜べる日がくるのだろうか。
「大丈夫だよ、この子も応援しているよ。」
母を励ます言葉で何とか自分も立っていられたのかもしれない。
そして、手術の日。母を待っている間、私はベンチに横になりながら、お腹の子に何度も声をかけた。
「私の都合で振り回してばかりでごめんね。」
母の手術が無事に終わりますようと願う反面で、この無理がお腹の子に影響したら・・・複雑な気持ちのまま、長い時間を過ごした。私は2つの大切な命の狭間で、どちらの命も救いたいと願う事が何だかわがままのような気がした。
そして、母は10時間もの手術に耐え、なんとか無事にがんも摘出された。
「ありがとう。ありがとう。」
私は何度もお腹をさすりながら、心で叫んだ。まだ見ぬ我が子を頼り、力を貸してもらったことに感謝の気持ちでいっぱいだった。そして、このとき初めて、母にお腹の子を抱いてもらえる、と嬉しさが込み上げ、涙がでた。
手術後、母は
「お腹の子に力をもらったよ。一生頭が上がらないね。」
と笑いながら言った。
「そうだよ、この子の誕生も一歳のお祝いも入園も入学も成人式も、ちゃんと元気で祝ってあげるのが、お礼だよ。」
私は、自分でこの言葉を言いながら、心からそう願った。
母の体もゆっくりだが順調に回復に進む中、今年の3月無事に我が家に息子が誕生した。母も病院に駆けつけてくれた。ベットの中から、元気に立って笑いかけてくれる母の姿を見ることができるなんて・・・。私には、夢のような現実だった。元気いっぱいな息子と、元気な母の姿。私は世界一幸せな母親になることができた。
今、母は定期的に病院に通い、自宅療養している。度々息子に会っては抱きながら
「ありがとうね。ありがとうね。」
と言い、
「おばあちゃん、がんばらなきゃね。」
とつぶやいている。再発への恐怖を抱えながらも、母は母なりに強く生きようとしている。息子が母に笑いかけるたび、母は生きていることの喜びを実感しているように見えた。息子の笑顔、息子の声、息子のぬくもり・・・息子のすべてが母の生きる力となり、母の明日への原動力となっていく。息子の日々の成長が母にとっては、自分の生きた軌跡となり、これからの成長を夢見ることが生きる希望となっているように見えた。
私も息子からたくさんの力をもらい、母を励ますことができ、自分も笑顔でいることができた。生まれる前から、息子に頼ってばかりの未熟な母だけれど、私もこれから、息子に負けないように私にしか出せない見えない力をたくさん注いであげたいと思う。

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