君を想う気持ち|赤ちゃんの沐浴はスキナベーブ

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持田ヘルスケア株式会社

エッセイコンテスト

スキナベーブ 赤ちゃんエッセイコンテスト

【第12回】~ 赤ちゃんへの手紙 ~

特別賞

・君を想う気持ち

前岡正男
大阪府  自営  55歳

君が我が家にやってきてからふた月。母さんのお腹の中にいたときから数えると一年だ。
母さんはもちろん君につきっきりだ。父さんは仕事に出なければならないから、つきあえるのは夜と休日だけだ。本当は父さんもつきっきりで君を見ていたいのだけれど。父さんはときどき職場にいて心の中でため息をつく。「はーっ。早く家に帰ってムスコの笑顔を見たい・・・。」
君をお風呂に入れるのは、帰宅してからの父さんの役目だ。この役目を母さんに譲りたくはない。
「さあ、お風呂に入ろう」と話しかけて、君の服を脱がせると、君は何が始まるか予想できるのか、おとなしくされるがままになる。
左手で君の後頭部を支え、お湯が君の耳に入らないようにその左手の親指と小指で君の両方の耳たぶを押さえながら、君をゆっくり湯につけると、君は、ふーっとため息のようなものを漏らして、しばらく宙を見る。見えているのか見えていないのかわからない君のくりっとした、よく回る瞳。やがて、気持ち良さそうに目を閉じる。すこし熱いかなと思うお湯でも君は決して嫌がらない。僕の腕とお湯の浮力に身をゆだねて、石鹸で君の肌を洗う僕の右手にも抵抗しない。アトピー性の湿疹が身体中に出ていて、君はお湯がしみるはずなのに、我慢しているのかな?
お風呂から上がって、ベッドに寝かされた君は、ほてった身体でも、せわしなく手足を動かす。踊るように。超ご機嫌だ。君のしわしわになった小さな手に触れると、君は僕の人差し指をつかんでそれを振る。僕にもいっしょに踊れと促すようだ。
さっぱりとした洗いたてのパジャマを着せられ、母さんからおっぱいをもらった後の君は、ゲボっと一回ゲップを漏らしたあと、すやすやと眠りにつく。
父さんと母さんは、ひそひそ声で今日一日の君の様子を話し合う。
「我慢強い子やで。おっぱい欲しいとき以外は泣かへんよ」
「だいぶ大きなったなあ。もう左手だけではちょっと重いわ」
「昼間もようおっぱい飲むで。すごい力やで」
君の寝顔を改めて見つめて、二人はにんまりとする。
「目に入れても痛くない」とはよく言ったものだ。父さんは、君が喜ぶことは何でもしてやりたいと思う。君がもし苦しむことがあったら、何でも代わってやりたいと思う。自分を無にして幸せを願う対象をもつ経験は初めてだ(妻よ、許せ)。そして考える。たぶん、僕の親も僕のことをそう思って育ててくれたはずだと。それを教えてくれただけでも、君は、僕の人生最大の教師でもあるぞ。
やがて僕が片手で君を支えられなくなって、君は立ち上がり歩き出し、人と言葉を交わし文字を読み、たくさんの友達を作るだろう。君は、父さんや母さんにはわからない自分の喜びを見つけ、僕たちには引き受けられない苦しみを知るだろう。人に対する憎しみも覚えるかもしれない。僕がそうであったように、親の愛情が見えなくなったり、疎ましく思うこともあるだろう。でも、信じてほしい、今の君を思う気持ち、これは、何かに代えられるような半端なものではなく、真実のものであると。
いつか君がこの家を、この街を出て、大きな世界に飛び立つとき、記憶はなくても、その信頼が心の片隅にあれば、君は優しく人と接し、苦しいときがあっても、究極的にはこの世界に希望をつないで生きられるはずだ。君から教えられたお返しに、そのことを君に教えられたら最高だ。
今はつかのま、僕たちと君はひとつだ。
大きくなあれ。でもそんなに急がなくていい。家族のたくさんの思い出を積み重ねていこう。
強くなあれ。でもたまには泣いたっていいんだよ。父さんが胸を貸せるうちは、どんと飛び込んでこい。
賢くなあれ。できるなら、この甘い甘い年月の記憶を、大人になっても心に甦らせられるくらいに。

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