命の塊|赤ちゃんの沐浴はスキナベーブ

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持田ヘルスケア株式会社

エッセイコンテスト

スキナベーブ 赤ちゃんエッセイコンテスト

【第5回】~ 赤ちゃんと笑顔 ~

入選

・命の塊

【一般部門】
高知県  主婦  32歳

私には子供ができないかもしれない。
夫となる人にそう言うと、彼は、子供がいなくたって、お互い好きな仕事をして、好きなことをして、二人で楽しく暮らしていこう、と言った。私たちは結婚して、そういう風に生きていくものだとばかり思っていたし、そこに何の不満も感じなかった。
ところが、結婚してすぐに私の妊娠が判明した。
「妊娠しています。」とお医者さんに言われた瞬間、驚きすぎて少し涙が出た。このお腹の中に赤ちゃんがいる、想像すらしなかった事実。嬉しいという実感も沸かぬまま、夢の中にいるようなふわふわとした気持ちで、まっすぐ家に帰れず、一人で喫茶店に入った。運ばれてきた紅茶も、店員さんの顔も、テーブルも椅子も窓から見える景色も、目に入るもの全てがこれまでと違って見えた。大袈裟なようだけど、その日からすっかり私の世界は変わった。また、私は冷静にもなった。病院への往路はフルスピードでこいでいた自転車も、復路はとろりとろりと走らせた。その日から、毎晩飲んでいたお酒をやめた。そして、何故かその日以降、私は泣き虫になった。
お腹の中の赤ちゃんの存在は、私や夫だけでなく、私達の両親や兄弟、友人達をも喜ばせた。赤ちゃんは、「光」みたいだった。赤ちゃんには、未来や希望や、明るくていいものばかりが詰まっている。私はそんなすごいものをお腹の中に入れて、泣いたり笑ったりしながら、三十一歳にしては多感すぎる妊娠時代を過ごした。
息子が生まれたのはよく晴れた冬の午後だった。窓の外が白く光っていた。
前日の夜から私は分娩室に入り、母が一睡もせずに付き添ってくれた。陣痛がきつくて、呻きながら母の手を握ると涙が出た。母の手を自分からぎゅっと握ったのは子供の時以来だった。母はこんなに痛くて辛い思いをして私を産んでくれたのだと、私はこの身をもって知った。そして同時に、母がどれだけ私のことを愛し、大切に育ててくれていたのかを、この身をもって痛いくらいちゃんと知った。
助産婦さんにとり上げられ、元気な産声をあげながら、息子がはじめて私の胸の上にやってきた。
息子の体は小さいから余計に、そのまま“命の塊”に思えた。
ああ、私はなんて素晴らしいものをこの手に授かってしまったのだろう、
この子を産めたことは私の人生最大の喜びだ、と思った。
「ありがとう。」それが私が息子にはじめてかけた言葉だ。
息子はよく笑う子になった。
夫も私も、それから、私たちの両親も伯父伯母も兄弟も友達も、皆が素晴らしい笑顔で彼を抱き、語りかけてくれたから。たくさんの笑顔に包まれて育っていく息子のとびっきりの笑顔は、周りの大人たちを穏やかで優しい幸せな気持ちにさせてくれる。
結婚して、私たち夫婦は、それぞれが好きなことをして暮らしていくのだろうと思っていた。その「好きなこと」というのは一体何だったのだろう。
今では、息子と三人で毎日毎日笑って生きている。
これ以上、素敵なことはない。

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