失ったおっぱいと、それ以上の贈り物|赤ちゃんの沐浴はスキナベーブ

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持田ヘルスケア株式会社

エッセイコンテスト

スキナベーブ 赤ちゃんエッセイコンテスト

【第9回】~ 赤ちゃんと笑顔 ~

入選

・失ったおっぱいと、それ以上の贈り物

愛知県  公務員  30歳

母に乳がんが見つかった。幸いにもまだ発見が早かったため命には別条はないものの片方の乳房を摘出しなければならない。母は手術を嫌がっていたが、考えた末に手術を受けることにした。乳房を片方切除し、かわりに生理食塩水の入ったパックを入れるという。手術には長男である私と妻が立ち会うこととなった。
そして手術日の朝、私たちが病室に行くと母は「やっぱり手術は受けたくない」と言いだした。女性として乳房を切除するということは男である私が思う以上に衝撃的なことなのだろう。そんな母の応援のために私はあるものを持ってきていた。それは手術日のわずか3日前、妻の妊娠がわかった時に産婦人科で撮影したエコー写真であった。
「手術前に動揺させるようなことを言って申し訳ないけど…」母にエコー写真を手渡しながら言った。「母さんは来年の2月にはおばあちゃんになるんだよ。」びっくりして言葉を無くしている母にたたみ掛けた。「長生きして孫の成長を見たくない?」
直径1センチほどの、胎嚢という赤ちゃんが入っている袋しか写っていない、ちっぽけでぺらぺらな白黒の写真は私が思っていた以上に母に大きな勇気を与えたようだ。しばらく静かに写真を眺めた後、母はもう「手術は嫌だ。」とは言わなくなった。そして医師が迎えにくると、まだぺたんこの妻のお腹に向かって手を振りながら“おばあちゃん”は手術室に消えていった。
季節が替わり、妻のお腹は丸く膨らみ外からでも胎動がわかるようになってきた。ますます母は初孫が待ち遠しいようで、親である私たちに相談することなく勝手にベビー用品店を回ってはかわいい赤ちゃんグッズをいろいろ買い揃えていった。そして買ってきた物をいちいち嬉しそうに報告してくる。母はとても楽しそうだ。おめでたいことは重なるもので、弟夫婦にも赤ちゃんが授かっていることが判明した。おばあちゃんの買ってくる赤ちゃんグッズは2個ずつになった。
やがて臨月となり、我家に元気な男の子が生まれた。晴れて正式におばあちゃんとなった母は孫の顔を見るたびに抱っこしたがる。日々すくすく成長して体重を増していく孫に「重い、重い。抱っこすると手術の傷跡が痛い。」と言いながらも抱っこをやめない。
おばあちゃんの腕の中で子どもが少しでも笑顔を見せるとおばあちゃんは大喜びだ。喜んでいるおばあちゃんを見て、子どもがまた笑う。いずれ弟夫婦が赤ちゃんを連れて実家に遊びに来ることになっているが、孫を二人も目の前にした母がどれだけ喜ぶのか見当もつかない。
思えばこうして私と弟のそれぞれがきちんと育ち、結婚し、子どもを持つまでになったのも母のおっぱいのおかげである。そしてそのおっぱいは、今度は長生きして孫の成長を見届けるために摘出された。がんが見つかったときにはすっかり落ち込んでいた母であるが、こうして孫と楽しそうに遊んでいる母を見るとつくづく手術を決意してもらえて良かったな、と思う。
いつかこの子が大きくなったらこの話をしよう。晴くんは生まれてくる前から希望や勇気を与えてくれる存在だったんだよ、と。そしてお父さんもお母さんもがんばって晴くんを立派に育てるから、いつか孫を連れてうちに遊びに来てね。そのときはきっと、今おじいちゃんやおばあちゃんが晴くんにしてくれているのと同じ笑顔で出迎えるから。

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