持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第10回】
~ 赤ちゃんとの記念日 ~

入選

じんせいの給水所

東京都  自営  44歳

大事な時期だというのに、私はメタボ検診にひっかかってしまった。身長173cm体重85kg。四十代としては立派な肥満らしい。自他、医者ともに認めるお腹ポッテリおじさんだ。仕事の忙しさにかまけて運動不足になり、好物の揚げ物を食べるだけ食べて不摂生に甘んじていたが、命には変えられない。規則正しい生活を心がけ、ダイエット対策にジョギングを始めることにした。周りのアドバイス通り、ひと回り小さめのウエアを購入。まさに一念発起で、新たなチャレンジが始まった。
自宅に近い緑道コースは往復で約5km。半年で一気に10kg減のダイエットを目標に、ベテラン・ジョガー達の颯爽としたストライドを追った。スタートして一週間。そのくらいならなんとかなると高を括っていたのが、そもそもの間違い。わずか200m地点でゼーハーゼーハーと息切れし、休憩また休憩の連続。気分転換にコース変更したら環状線に出てしまい、排気ガスに煽られる始末。コース制覇どころか、自販機の前で途中棄権することもしばしば。
(学生時代に野球で鍛えた体力はどこにいったんだ・・・)
さほど走ってもいないのに汗だくになった私に、タオルを手渡してくれる妻は四ヶ月目に入った妊婦さんだ。小さなベランダでせっせとハーブを育てるのが趣味の彼女に相談したところ
「最初は自分のペースでいいんじゃない。お花を折り返しの目印にして少しづつ距離を伸ばせば?」
お腹をゆっくりとさすりながらエールを送られた。
なるほど、最初からコース制覇を目標にしていたからバテてしまっていたのか。‘妻と子’にヒントをもらった私は、翌日から沿道に咲く花々を通過地点、もしくは折返しの目印としてリ・スタート。段階的に距離を伸ばしていくことにした。夏にはクサフジの香りまで1km。秋には、その1 km先の金木犀まで私のジョギング記録が伸びた。男四十四歳。花の香りを気持ちの給水所に、ポテポテ走るのも乙なもの。ジョガー達と交わす挨拶も、走りながらスムーズにできるようになった。
それにしても、都心だというのに緑や花の意外にも多いこと。緑道にせり出した一軒家の庭先は、まるで一体化するかのように整備され、眺めているだけでも心休まる。上京して二十年以上経つが、こんな感慨は初めてだった。仕事という単一なコースをスピードをあげて走っていただけでは、多くのものを見逃していたに違いない。
五ヶ月が経ち、‘香りジョギング’の距離は4kmまで伸び、私の体重は8kg減った。そして、出産予定日まで一ヶ月を切った。当面の目標までもう少し。第一子が産まれるにあたって、自分にかしたダイエット目標はなんとかクリアできそうな地点にまで辿り着いた。お互いが四十歳を過ぎ、子供を授かるのは諦めてしまっていたかもしれない。「二人だけの人生を全うしよう」とケリをつけていたかと思う。だが、子宝の知らせを受けてからは、生活に色んな変化が芽生えた。汗をかくことの喜びと再会し、自然の生命力に触れ、多くの人と挨拶を交わすようになった。産まれくる命は私達の人生の給水所となり、新たな潤いを与えてくれたのだ。
「怠け者のあなたがダイエットできたんだから、私も産後は走ることに決めたわ」
私のお腹をさすりながら妻が微笑む。
一ヵ月後、今度は赤ちゃんの匂いがゴールへの牽引となるだろう。ただ、可愛さ余ってジョギングをサボるようになったら元の木阿弥。メタボ・パパと呼ばれないためにも、今日も花の給水所をめぐってミルク・ゴールを目指すぞ!
(全1421文字)

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