持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第7回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~

特別賞

教えてあげたいことと教えてもらいたいこと

清末有二 北海道  公務員  32歳

妻がいきみ続ける隣に座って、ふと医師の手元をのぞき込んだとき、それが出かかっている頭と額だとはすぐにはわかりませんでした。次に声をかけられて見たときには、へその緒がつながったままの赤ちゃんが医師の手元に座らされていて、まだ身体がびっしょり濡れていました。赤ちゃんがたどたどしい息を吸うのを見ただけで泪があふれそうになったので、私は口をまげてこらえました。
30分後に、肺呼吸とともに回復するはずの身体のチアノーゼが回復しないことで、重篤な心臓の病気が見つかりました。すぐに総合病院へ搬送されて、4日後にヘリコプターで大学病院へ移送されました。9時間半に及ぶ手術はさらにその7日後でした。手術後にICUで再会したときには、その50㎝に満たない小さな身体に15本の管が取り付けられていて、周りには無機質な発信音を繰り返すモニター、胸に大きく走る傷跡をふさぐテープにはまだ血痕が残っていました。
それらは私にとっては、今までテレビの中のことでした。救急救命のドキュメンタリーで見たことでした。そのような中でしかし私は、息子の漆黒の氷玉のような目の潤み、左右にぎこちなくめぐらせる視線、ふともらすため息のような声、泣くときにはいる鼻のしわ、額の生え際辺りに漂う柔らかな汗の匂い、開ききれない不器用な指の動きに、ただただ目を奪われていました。それらはあまりに小さく、しかしあまりに精巧で、まるでにわかには信じられない、奇跡のようでした。
手術は成功し、すでに産科を退院した妻も合流していたので、私は一旦仕事へ戻りました。毎日妻がメールで知らせてくれる息子の様子を、夕方退勤前に見るのがとても楽しみでした。メールを読み終えて外に出ると、空の色がまるで和紙に染みこむ橙のように東から西へ変化していて、ああそうだ、これをあの子に見せてあげたいものだ、と思いました。鳥が頭上を短く鳴いて過ぎて、ああ今ベットでゆるやかに回復しているあの子に聞かせてあげたい、その上の空では綿の繊維ような雲が風の形を教えていること、誰に気づかれなくても花壇のグラジオラスに夕日が注がれていることを、そうだ、あの子にも教えてあげたいと考えて泣きました。
退院後の息子へは、心臓への負担をかけないためにあまり泣かさないように、多くの時間抱いて話しかけるようにしました。
ある雨の日でした。窓際でいつものように、ほらごらん、これが雨だよ、と話かけました。水の玉が、この街の地面に隙間なく落ちてくるんだよ、そんな量の水が空高い空中に浮かんでいるなんて、不思議だね、それもどうしていっぺんに落ちてこないで、小粒にバラバラに落ちてくるんだろうね。(そうだ、どうしてなんだろう…)ふと、それは私にとっても不思議なことでした。別の日には、どうしてあくびってでるんだろうね、どうして空は青いんだろうね…と話ました。それはどうも本当に不思議なことばかりなのです。この子の目を通して、私がもう一度世界を新鮮な気持ちで、もう一度全てを初めて見るもののように見返すことは、とても驚きに満ちたものでした。そして、ああこの子が様々なことを自分で見て聞いて知っていくんだ、と思いあたると、それはなんてすごいことなんだろうと思えました。失敗や辛い思いもするかもしれない。でもそういった経験もこの子を育てるのだと思うと、この子の人生はなんて素晴らしいんだろうと思えました。
どうして僕の心臓は弱いの?どうして僕は生まれてきたの?と、悲嘆にくれる時があるかもしれません。そうしたら言ってあげたい。君がその答えを見つけようとするとき、世界はもう一度初めて見るもののように新しくなって、それからお父さんは君の後ろにいるんだよ、と。答えを教えてあげたいと思っているけど、初めて触れる雨のように、また教えてほしいとも思っているんだよ、と。

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