持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第8回】
~ 赤ちゃんとわたし ~

入選

恋人の名は、マサト

東京都  ピアノ教師  67歳

食事の仕度をしている私の耳に、母と弟の会話がきこえてきた。
「おふくろ、夏におばあちゃんにしてやるよ。」と弟。
「えっ!本当なの、嬉しい、ありがとう。」と涙声の母。
私たち姉弟は、母の手一つで育ててこられたのだ。小さい頃は、やさしいけど、泣き虫だった弟、その弟が父親になるのだ。つまり私は、名実共にオバサンか・・・。
それから、半年後、夏にしてはめずらしく、どしゃ降りの雨の朝、甥が生まれた。
頭が大きくて、鉗子でひっぱり出されたという甥は、まっ赤に薬をぬられ、どう見ても猿かチンパンジーの子のようである。
一週間後に、初めて抱っ子させて貰った。やわらかくて、暖かくて、まだ見えぬ眼でじっと顔を見ている。時々ニコッと笑うその顔は、天使としか表現できない。
私にとって、初めての甥というより、小さな恋人が出来たような気分だった。
寝返りができた、ハイハイが、つかまり立ちが、一歩あるいた。そして歯がはえた、ママといえた、パパと呼ばれた。事あるごとに電話がくる。その成長ぶりは、離れて暮らしていても、手にとるように伝わってきた。
甘やかして育ててはいけないと、おもちゃもやたらに買うことを禁じられていた。
ある日、弟達の団地を訪ねたら、すごい泣き声がしている。言う事をきかなかったので、ベランダに出されたとのこと。
弟は、生来とても子供好きで、とても可愛いがっていたが、ただ猫かわいがりするのではなく、物事の良し悪しを判断出来る子にと小さい頃から躾けていた。
片言で話せるようになると、私のことも、皆のまねをして、トモちゃんと言えずにハモちゃんと呼んでくれた。しっかり口がきけるようになってからも、甥はトモコサンと呼び、それは今も変わらない。
あれから35年、大きな病気も怪我もなく、素直で明るく、大勢の友人を持ち真面目に仕事を続けている。
くそ真面目なところ、正義感の強いところ、少々優柔不断(?)なところなど、性格は弟にそっくり。そういえば声もとてもよく似てきた。
大きく立派に成長した甥が、今、私の目の前で皆様にご挨拶している。
「本日は、父の三十三回忌の法要に、お忙しいところ、又遠路お越しいただきまして、誠にありがとうございました。父もお墓の中で、皆様にお逢い出来たことを、さぞ嬉しく、喜んでいることと思います。
皆様にお目にかかり、父が生きていたら、こんな感じになっていたのかと想像して、おります。」
還暦を迎えた弟の友人達を見て、甥はそんな風に思っていたのかと、胸が熱くなった。
弟が世界中で一番可愛いいと親バカぶりを発揮していた自慢の息子とは、たった三年半しか一緒にいられなかったのだ。
弟が生きた29才をすぎて、この夏には36才になる。
今度は、甥の赤ちゃんをこの手に抱っこしたいと願っているが、まだかな?
その前にお嫁さんを探さなくてはね。
マサト君、トモコサンは、おばあちゃんになる日を待っています。

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