持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~

入選

孫の戒め

兵庫県  無職  71歳

初孫を授かったのは、私たち夫婦が六十半ばを過ぎたときだった。友人の中にはもう十年も前におじいちゃん、おばあちゃんになった連中がいて、私たちは少し肩身の狭い思いをしていたのだが、これで人並みになれたかとほっとしたものだった。
最初に息子より子供が出来たと聞いたときより、わくわくしてその日を待っていたのだが、いよいよだとの知らせを受けてからはむしろ心配になって、母子ともに無事でありますようにと祈ってばかりいた。自分たちの子供のときよりどきどきしていたかもしれない。ぷくぷくした元気な男の子で敦と名づけたと連絡が入り、私たちはやっと肩の力が抜けたのである。
誕生より一週間後、孫は病院より自宅に戻った。早速お祝いをかねて、孫の顔を見にいくことにした。息子たち夫婦の住む東京への新幹線車内で、妻はそわそわと落ち着かない。デパートで買ってきた私の下着の何倍もする値段の産着を取り出したり、孫には分かるはずのないブランドロゴの入ったよだれ掛けを自分に当ててみたり、舞い上がっている様子だ。まるで新婚旅行にでかける花嫁だ。
息子の家に着くと、嫁の両親もきていた。挨拶もそこそこにまずは孫にご対面である。目が大きな赤ん坊だ。目は父親似だ、口は母親にそっくりだ、おでこも母親に似ているかな、などとまわりがうるさく騒ぎ立てている。とうとう向こうの父親が、病院の新生児の中で一番ととのった顔をしていたといい出した。普段控えめの人にしては、思い切った自己主張である。いつもならたしなめる奥さんが、うんうんとうなずいているのも驚きだ。妻はそれこそ自分がよだれを流さんばかりにめろめろしている。主人公である孫は大人の思惑など知りもせず、口をもぐもぐ動かして眠っている。
嫁が、抱いてやってくださいと、そんな孫を差し出してきた。私はもともとふにゃふにゃして軟体動物みたいな赤ん坊は苦手なので、しばらくは逃げまわった。だが、結局説得されて、いわれるようにそっと横抱きにした。孫は小さくて、こわれそうなほど頼りないが、それでもそれなりの重さでもって、私の腕の中でもぞもぞと動き、その存在を訴えてきた。おっぱいの匂いが鼻をつき、私は何十年ぶりに赤ちゃんに触れていた。
可愛いねえと、みんながはしゃぎまわっているが、実は私は少し覚めていた。口に出したりしたら、なにをいわれるか、なにをされるか分からないので、もちろんおくびにも出さないが、猿に似た赤茶けたしわくちゃな顔を、本当に可愛いと思っているのかなと天邪鬼になってしまうのだ。もちろん、心情的には私だって可愛いなあと思う。だけど、可愛い顔になるのは、三ヵ月もたって目鼻立ちがはっきりしてきてからだ。それを今から可愛い、可愛いでは、身びいきすぎて、理性が足りないのではないかといいたくなる。多分、私は感情欠如だといわれることだろう。
孫は私に抱かれてじっとしている。おじいちゃんだよとちょっといってみた。孫は私の声を聞き分けたように、開かない目を開けようとしているみたいだ。そして、口を引きつるようにして、にっと笑った。
私は思わず叫んでしまった。
「おい、聡が笑ってるぞ。ほら、可愛いから、早く、早く見て」
みんなが孫の顔を見に集まった。
「可愛い顔してるだろ」
私はなんだか支離滅裂になっている。
妻が笑いながら私に注意した。
「おじいちゃん、この子は敦という名前ですよ。あなた、聡って自分の息子の名前を呼んでたじゃないの」
私は照れくさかった。でも、私にしてみれば、可愛いものは可愛いのだ。
孫の笑顔がへそ曲がりの私を戒めた一こまであった。

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